法テラスの審査中に受任通知を発する法的根拠

法テラスを利用した場合、法テラスの援助決定がなされるまでの間(つまり「審査中」ということです。)、弁護士や司法書士は受任通知の発信等、その事件への着手行為はできないのか、という問題があります。

そこで、法テラスの審査中に受任通知を発することについて、当事務所の見解を次のとおり述べます。


一般に、法テラスの民事法律扶助制度を利用する際の各種契約については、依頼者(甲)、弁護士・司法書士(乙)、そして法テラス(丙)の三面契約になっており、 法テラスによる援助決定がなされなければこの三面契約が成立せず、よって弁護士や司法書士が受任通知を発することはできない、という考え方があるようです。

そしてこの見解については、法テラスの契約形態にその根拠があるとされています。

そこで、例えば代理援助については、手元にある代理援助契約書の冒頭を見てみると、次のように記載されています(原文ママ)。


代理援助契約書


被援助者(以下「甲」)、受任者(以下「乙」)及び日本司法支援センター(以下「丙」)は、総合法律支援法に基づき日本司法支援センター業務方法書(以下「業務方法書」)に定める代理援助を実施するため、次のとおり契約(以下「本件契約」)を締結し、甲乙は本契約書3通に各署名・記名、押印の上、それぞれ1通を保管し、1通を丙に提出する。
              
(代理援助契約の内容)
第1条 本契約は、甲乙丙の三者間で締結するものであり、その内容は、次の各号に定めるほか、本契約書各条項に定めるところによる。
一 甲乙間の契約 次のイ及びロに定める内容の委任契約
 イ 甲は、下表「決定の内容」を承認の上、下表「事件の表示」記載の事件(以下「援助事件」)について、乙に対し乙が代理人として甲の法律事務を取り扱うことを委任し、乙はこれを受任する。          
 ロ 甲乙間の委任契約は有償とする。
二 乙丙間の契約 次のイからニまでに定める内容の立替払契約
 イ 甲が乙に対して支払うべき委任の着手金、報酬金及び実費等(業務方法書第11条第1項に規定する費用をいう。以下同じ。)に関する決定は、丙が業務方法書の定めるところに従って行う。
 ロ 前記「決定の内容」の「丙の立替額」欄記載の金額は、丙が甲のために乙に立替払いをする。
 ハ 乙は、丙に対し、前記「決定の内容」の「実費」欄記載の立替額に不足が生じたときは、第11条に定める終結決定前に限り追加費用の支出の申立てをすることができる。
 ニ 援助事件進行中や終了時に丙の決定により定める着手金追加分、報酬及び実費等は、丙が甲のために乙に立替払いし又は甲が乙に直接支払う。
三 甲丙間の契約 次のイからハまでに定める内容の立替金償還契約
 イ 甲は、丙に対し、丙が甲のために乙に対し立替払いをした委任の着手金、報酬及び実費等「以下「立替金」」を、丙の決定に従って、全額償還する義務を負う。
 ロ イの償還は、原則として、分割して行う。
 ハ 前記「決定の内容」の「実費」欄記載の立替額は、定額による立替えとし、清算は行わない。

【下表の表示(抜粋)】
(実際の下表は表形式になっていますが、箇条書きにしています。)
タイトル :決定の内容
事件の表示:事件名 任意整理   受任範囲 示談交渉
立替金:着手金 66,000円  実費 20,000円  報酬金 後日丙が決定する金額及び支払方法とする。
償還方法(進行中):割賦償還 2020年7月より 月額5,000円
 

上記第1条一号〜三号の契約内容からも明らかなとおり、本三面契約の内容を要約すると、
(一)甲乙間による法律事務に関する委任契約
(二)乙丙間による立替払契約
(三)甲丙間の立替金償還契約
ということになります。

ところで、甲乙間の契約は「法律事務の委任」に係るものですが、その委任の効力は、あくまで三面契約が成立して初めて生じるものなのか、それとも甲乙間の合意、即ちこの法律事務を「依頼します」「引き受けます」の意思表示があった段階で直ちに生じるのか、というところが重要な論点になると考えられます。

思うに、(1)と、(2)及び(3)は性質が異なる契約であり、それぞれ腑分けして考えていってもよいのではないかと考えます。
つまり、三面契約の成立を待たずに、「甲乙間」で効力が生じる部分があるのかないのか、ある場合はその内容は何かを考えていくというものです。

甲(依頼者)と乙(弁護士・司法書士)との間での委任契約の本旨は「法律事務」です。
一方(2)と(3)は「立替払い」に関する契約です。

委任契約は無償が原則であり、報酬は特約によって請求が可能(民648Ⅰ)ということに照らしても、その対価(報酬)の有無、額及び支払方法の部分については、左記本旨契約に付随する性質を有するに過ぎません。
そして、特約の部分が決定しないからといって、本筋の効力が生じないということにはならないはずです。

なぜなら特約とは、それが存在しなければ通常発生することが認められる法律効果をとくに制限する約定をいい、特約と本体である法律行為とは可分の関係にあり、特約は、それが付された本体たる法律行為の成立要件ではないからです。



一方日本司法支援センターは、民事法律扶助制度という「制度を提供」する機関です。

そしてその制度の本旨は、甲、乙及び丙との間での報酬額及びその支払方法の決定です。

つまり本制度の大きな目的は、立替払いという、いわばお金に関する部分の取り決めをするということにあるのであり、甲乙間の法律事務の部分にあるのではないと考えられます。

換言すれば、「法律事務」に関する当事者はあくまで甲と乙であり、一方日本司法支援センター(法テラス)の役割の本質はお金の部分の決定にあるのであり、それぞれその本質部分が異なるのです。

よって、日本司法支援センターは、甲乙間の「法律事務」に関して実質的な関与をしていくという性質を有するものでもなく、まして、甲乙間で既に合意をしている法律事務に係る委任関係の効力に消長を及ぼすという性質のものではないと考えられます。

本件契約1条一イは、
イ 甲は、下表「決定の内容」を承認の上、下表「事件の表示」記載の事件(以下「援助事件」)について、乙に対し乙が代理人として甲の法律事務を取り扱うことを委任し、乙はこれを受任する。

と書かれています。

順序としては、①決定、②甲の承認、③法律事務の委任、という立て付けになっており、決定があって初めて甲の承認が発生し、その後甲乙間の法律事務の委任関係が成立するというように読めます。

しかしながら、下表「決定の内容」は、持込み方式による申込みの段階においては、甲乙間レベルでは、報酬額及びその支払方法については共通の認識に至っており、両者の間では既に合意がなされていると解されます。なぜなら、合意がなければ乙が持ち込むということにはならないからです。

よって、法テラスの決定は、甲乙両者の認識では、法律事務の委任に付随する特約部分の「確認事項」に過ぎないといえます(もちろん、丙が契約当事者として加わるという重要な意味があることは言うまでもありません。)。

 

つまり甲乙間レベルでは③・②→①の順序となり、①の決定までは丙の関与がないものの、だからといって③の効力に支障が生じるということにはならないと考えられます。

また外部との関係を考えてみると、法テラスを利用した場合でも、受任通知にはその旨(=三面契約)を記載するものでもなく、法テラスのホの字も書かないわけですから、この通知は、甲乙間レベルの法律事務委任関係を説明した文書ということになります。
よって外部(通知の相手方)との関係においても、丙の存在は重要な意味を持ち得ません(そもそも相手方は丙の存在を知りようがありません。)。

なぜなら外部にとっては、甲乙間の報酬がいくらで、その支払方法がどのような形式になっているかについては、どうでもいいことだからです。

このようなことから、甲乙間の「法律事務」の委任関係については、法テラスの援助決定を待つまでもなく、甲乙間の「依頼します」「引き受けます」の合意の段階で当然にその効力が生じているのであり、三面契約の成立は、甲乙間レベルで見れば、これによって丙を含めた立替払いに係る「報酬額及び支払方法」の部分が新たに確認されたに過ぎないものと解することができます。

 

かくして受任通知は、甲乙間の法律事務に係る合意を経た段階で発することが可能であり、援助決定「前」だからといって、この通知の発信行為を制限すべき法律上の制約が存在しているわけではない、というのが当事務所の見解です。

この法的根拠に基づいて、当事務所では、甲乙間の合意があった段階で、一法律家として直ちに受任通知を発する運用をしているわけです。

なお、法テラスに係る関係法令上、援助決定前(審査中)の着手を禁止する、という規定はどこにも存在していないことは、法テラスあれこれの欄で述べてあるとおりです。

もちろん、持込み方式の場合は、援助決定「前」に着手をしたからといって、これに係る罰則が定められているわけでもありません。

以上

文責 司法書士 五十嵐正敏

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司法書士・特定行政書士  五十嵐 正 敏

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